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古式ゆかしい古都・奈良の桜を見に行こう

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暖かい春の風が吹く桜の季節になりました。
こんな時期は、日本の風情を感じられる古都の桜を見に行きたくなりますね。
関西地方の古都といえば歴史と伝統のある「奈良」があります。「奈良」は日本を代表する観光地でありながら、京都ほどの混雑はなく落ち着いた古都の雰囲気を味わえる場所です。

代表的な奈良の桜の名所といえば「吉野山の千本桜」があります。奈良には吉野山という歴史ある山があり、春になると麓から山頂まで桜が咲き誇ります。吉野山の桜には数百年の歴史があり、山のご神木として大切に育てられてきた桜なのです。数百年の間に色々な種類の桜が植えられてきたため様々な桜があり、吉野山には約3万本の桜が植えられていると言われています。山の麓の低いところから、下千本・中千本・上千本・奥千本という名称で呼ばれています。それぞれの区域により違いがあり、下千本から奥千本にかけて約一ヶ月もの間、多様な姿を楽しむことができるのが吉野山の桜です。吉野山という名称から植えられている桜が染井吉野(ソメイヨシノ)であると連想されますが、染井吉野は江戸時代に江戸の染井で品種改良されたものなので、歴史の古い吉野山の桜は山桜が8割を占めています。山桜は咲き方に特徴があり、染井吉野が華やかに花だけを先に開花させるのとは違い、桜の葉が少し出始めた後に花が咲き始めます。そのためでしょうか、山桜にはしっとりとした品のある風情を感じます。特に吉野山の山桜には白山桜(しろやまざくら)が多く、一般の桜よりも少し白っぽいことが特徴です。蔵王権現様のご神木として大切に守られてきたのが吉野山の桜なのです。

有名な奈良の観光名所に「奈良公園」があります。奈良公園内には野生の鹿が生息しています。「奈良の鹿」は1300年以上前から生息していて、古来から神の使いである「神鹿(しんろく)」として大切に保護されてきました。奈良公園には赤い朱塗りの門構えの「春日大社」があり、その歴史は奈良時代から始まります。武甕槌命(たけみかづちのみこと)が鹿島神宮(茨城県)から奈良の地に移られる際に、白鹿に乗ってこられたという伝承から鹿は神様のお供であり神の使いとして大切に保護されるようになりました。奈良の人々は鹿を大切にしているので、鹿の方もそれを理解していて街中でくつろいでいる姿をよく見かけます。奈良に行かれたことがある方なら、奈良公園にいる鹿に鹿せんべいを与えた思い出があることでしょう。この鹿せんべいは奈良公園の鹿の好物で、観光客が鹿せんべいを購入して手に持っていると目ざとく見つけて寄ってきます。鹿に囲まれてせんべいを与える、鹿せんべいの餌付けは観光客にも大人気なイベントです。ちなみに、この鹿せんべいは米ぬかや小麦粉などの自然素材を使用していて、鹿に害を与えないように作られています。もちろん人間が食べても害はありませんが、塩気や甘みが全然無くてパサパサしているので美味しくはありません。しかし奈良の鹿はこの鹿せんべいが大好きなので、鹿せんべいを手に持っている人は一躍アイドルになりモテモテになります(鹿に)。奈良公園は広い敷地に世界遺産が点在しています。ここは種類が豊富な桜の名所でもあり、若草山のふもとや浮見堂周辺、また近くの興福寺や東大寺の境内にも見事な桜が多数あります。のんびり歩きながら、観光とお花見を一緒に楽しめる場所なのです。

花見を楽しんだら、古都の宿に泊まって風情を楽しみましょう。奈良には歴史ある人気の宿が沢山あります。その中でも、奈良公園内に建つ「奈良ホテル」は歴史と伝統に彩られた宿です。

この奈良ホテルは明治時代からあり、様々な歴史の舞台にもなった伝統あるホテルです。明治時代、日露戦争に勝った日本には来遊する外国人が急増しました。そのため政府は全国の主なホテル・旅館経営者を集め、必要な保護特典を与える旨の発表をしたのです。そして、奈良ホテルは関西の迎賓館と云われ、国賓・皇族の宿泊する迎賓館に準ずる施設として建てられました。第一次世界大戦~満州事変~第二次世界大戦と激動の時代を迎えた日本でしたが、この奈良ホテルは俗世間から離れた最も華やかな時代を過ごしました。奈良ホテルを訪れた世界的著名人としては、イギリスのエドワード英国皇太子、アルベルト・アインシュタイン、ヘレンケラー女史、各皇族方や当時の首相の多くも来館しています。昭和に入ると世論は次第に軍事色を帯び、満州国皇帝やドイツナチス党幹部、イタリアファシスト党幹部の来館が相次ぐようになります。戦時中は空襲警報があるとドラを鳴らして客に知らせ、防空壕に逃げ込んだとのことでした。そして日本は戦争に負けて終戦を迎え、奈良ホテルは米軍に接収されて軍幹部の居住先となったのでした。それから日本は敗戦から復興を遂げ高度成長の時代を迎えます。ホテルにも日本人客が増え、昭和39年の東京オリンピックにより外国人客も増大します。昭和40年代には万博に備え改築をし、国王や大統領夫人など貴賓客の来館も多くありました。しかしこの頃から、明治時代に建てられた建物の老朽化や耐震性が心配されるようになり新館の建設が始められ、名称も株式会社奈良ホテルとなりました。株式会社奈良ホテルを最初に訪れた著名人は世界的有名女優のオードリー・ヘップバーンでした。彼女は株式会社奈良ホテルとしての営業開始日の前日の昭和58年3月31日にお越しになり、ビューティフル、ワンダフルを連発してお褒め下さったそうです。
歴史ある奈良ホテルは現在も、奈良のクラシックホテルとして営業しています。JTBではフランス料理の夕食と、奈良名物である茶粥の朝食の1泊2食プランをご案内しています。悠久の時の流れる奈良ホテルに是非お越し下さい。

ネオプランでは様々なプランをご用意して、お客様のお越しをお待ちしております。お気軽にご相談下さい。

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